タグ別アーカイブ: アウトクロップ・シネマ

ブータン山の教室 Lunana A Yak in the Classroom

今回のシネマはブータン山の教室

風景や建物がインドのラダック地方やネパールのアンナプルナを思い出して、これは絶対観たいなと思っていたのでした。

ブータンの街で暮らす青年がヒマラヤ山脈にある秘境で村の人たちと子供達の心の交流を描いた作品

パンフレットには…

秘境の地で、伝統を守りながら生きる人たち

標高4800メートルの地にあるブータン北部の村ルルナ。ブータン民謡がヒマラヤ山脈に響き渡るこの地で暮らすのは、大自然と共にある日常に幸せを見つけ生きる大人たち。そして親の仕事の手伝いをしながらも、“学ぶこと”に純粋な好奇心を向ける子どもたちだ。ブータンの新鋭、パオ・チョニン・ドルジ監督は、文化や伝統を守りながら、お互いに助け合い、素朴な暮らしを知る人たちの姿を通して、現代を生きる私たちが忘れかけてしまった“本当の豊かさとは何か”を教えてくれる。

…とあります。

私はヒマラヤ山脈には2回ほど訪れたことがあり、ネパールでは標高約4000m、2カ月ほど滞在したインドのラダックの村は約3700mそこから車で中国とのボーダー近くまで行った時は最高で約5600mの峠を越した事がありますが、その時の移動やネパールでのアンナプルナを回った時のことなどを思い出してみていました。

そして映画の内容で感じたことは、今の教育や秘境の暮らしに持ち込まれる都会の常識が必ずしもそこに住む人にとって良い事なのか? それとも知った上で選択肢が広がるのか?

そして青年が持つ海外への憧れ、これはどこの国に住む人にある事で実際、自分も色々な国を訪れて日本との違いやその国の文化の違いなどを肌で感じ離れてみて見える日本の特徴など

良いとか悪いとかでは無くて、私たちは今の自分が体験したい事をしているそして選んでいる。

インスタの方にもシアターで出されたブータン料理の感想などや写真を載せたのでこちらも覗いて観てくださいね〜 👉🏻https://instagram.com/p/CZ3Q7H0Bhu1/

こんなシアターがある事に感謝します。

アイヌモシリ (AINU MOSIR) at Outcrop cinema

久しぶりのエントリーになりましたが,ここ2週間ほどいろいろな事がありました。

新しい時空連続帯に入っているからか、色々な気づきやいい意味での揺さぶりが来たり。

そんな中、ある映画を観る機会がありました。

そのシネマは2日間だけ限定上映されるというのをお友達から紹介されて日時を調べたら最終の回は予定が空いていたので行けそうでした。そして直ぐに予約をしました。

小さなシネマはマックス16人ほどで、最終回のみ上映後座談会があり、それぞれの方達が感想をのべるというのも、その場にいた方達の想いが共有できて素敵だなと思いました。

* 阿寒湖畔のアイヌコタンで暮らす14歳のカントは,父の死をきっかけにアイヌの活動に参加しなくなる。アイヌ文化と距離を置く一方,高校進学のため故郷を離れる事を予定していた。そこに亡き父の友人に任され,密かに子熊の世話をする事になる。

というのが映画のあらすじです。

私はこの映画とても複雑な気持ちで観ていました。アイヌ文化や蝦夷についての事を思ったり,日本の文化や日本人のアイデンティティについて。

そして,この映画の中での動物に対しての接し方扱い方,きっと本当はこんなんじゃなかったはずだ。いわゆる現代人の発想から来る演出に対する違和感、わざとそうしたのか時々突っ込みたくなる演出など、

凄く深層心理をついていて引き込まれてました。

座談会が始まって、シネマを立ち上げたお2人が監督さんとの話をしてくれたり、モシリのりの字は小文字が正解だと言う話を聞きました。

そして順番に感想を聞いていくのですが、私の番にきて徒然と思いを述べていたら、2人とも大きく頷きながら聞いてくれていましたが、

その後に続く皆さんのお話も興味深くて、皆んながそれぞれの気持ちを発していました。

私の中で違和感を感じたシーンの中に子熊を小さな檻に入れて飼っているシーンがありました。でも、アイヌの文化としてこんな事をしていたと言う説明と、そのシーンがとてもそぐわないのです。

檻に入れられて育ったら幸せな筈が無いし、きっと本当はもっと身近に一緒にいたに違いないと思ったのです。

そして、そんな私の思いを後日友達に話していたら

昔、ロシアで熊と一緒に生活している人達がいて、熊も一緒にお酒を飲んでタバコも吸って人間の様に生活をしていたそうです。戦争が起きた時、一緒に戦いまではしないまでも熊は力持ちなので荷物を運ぶ手伝いをしたんだそうです。

容易にその光景が浮かびました。

秋田はアイヌの最南端の地だと最近知りました。秋田の地方によっては蝦夷のいた頃の話はあまり話したくない方がほとんどな様です。良い記憶が無いからだと思います。

こう言う映画で少しでも昔の日本や先住民族について知っていく人が増えるといいなと思いました。